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Dr.カーズィンのお話⑤幸せ



幸せとはなんでしょうか

幸せというのは、皆さんにとってなんでしょうか
わたしは先ほど話しましたが、マカデミアアイスクリームを食べた瞬間、幸せでした
3分でしたけどね

幸せに対して区別をしておきたいのは、感覚的な体験というものと、
意識による体験、心の体験というものです

感覚的な体験と言うものは、たとえば視覚にまつわること、何かを見ているということ
あるいは耳を使って聴こえてくるもの
それから匂い、味、触れている感覚
そういった感覚というものは束の間のものであって続くことはない
そういうものがあると、楽しみであるとか、気持ちよさがあるということ
それがないと痛みとか苦しみがあります

それと比べて心の体験というものは、より深いものです
より意識や心に関することです
それらは五感による感覚とは独立しているものです
内なる平和とか幸せと言うことを話しましたけれども、
それは私たちが考えていない時に、今という時にあることが多いということです
それは心の意識とか、より深い所にあるということです
感覚的なものは、自分がポジティブな時には心地よく、
ネガティブな時には痛いということ
自分にとって気持ちいい時に幸せを感じやすい、
まさしくマカデミアアイスクリームがそうです
気持ちいいものとか、快感であるということが常にいいものであるとは限りません
本当に束の間のものに過ぎない

楽しかったことが後で痛みや苦しみになることがあります

先ほど言いましたように、より深い幸せというのは心に関することです
それは愛や慈しみというものからやってくるもので、
さらに仏教的に言えば、空というものは知恵というものから来るものです
空や知恵というのは、自分が真に何者であるかということを
知っているということ
そしてこの空とか知恵というのは、謙遜であるとか、謙虚ということ関係があります
なぜかというと、知恵ということがわかっていきだすと、
自分が自分で思っている自分自身ではないということを理解するからです
それによって私たちのエゴが減っていきます
さらに、今以上に謙虚になっていきます
わたしはよく健全な自信と呼んでいるものがあります
健全な自信とは、誰のことも下に置かない、見下げないということです
自分が謙虚である時は、誰のことも見下すことはありません
そういう時は自分のことも見下すことはありません
それが健全な自信と言っているものです
時に私たちが自信という言葉を使う時には
どちらかというとプライドとか、誇りに近い時があります
自分は人より優れているという感覚です
そういう感覚を持ってしまうと、人の価値を下げてしまうことになる
あるいは逆に自分はそれほどよくないと思ってしまう
それによって自分の価値を下げてしまうということがあります
健全な自信を育むということは、他者のことも、自分のことも下に置かないということです
それが非常に謙虚に近いものです

終わり

お話の後は、みんなで瞑想をしました
自分が気になっている方が、こちらに微笑んでいるということを
イメージしながらの瞑想でした


自分のためにお話をまとめてみました~~~~

あ~~~~~~~~~~~~、毎日疲れた~~~(笑)
訪問者も最初ガ~~~ッと上がったのに徐々に減る・・・(笑)
お疲れ様でした~~~~~!!

ライブでは仏教色はあまりなかったと感じていましたが、
文章にしてみると、けっこう仏教用語ありましたね
でも日本人だし、あんまり仏教って感じしなかった
心理学のようだし、まぁ、最近仏教心理学と呼ばれてますね
2600年前インド思想、そして仏教
そんな昔にできたことが、まったく今にも通じる
心理学の原点


わたしはクリスチャンだけれど、言われていることって、人間の常、同じですね

わたしにとっては、必要な言葉でした

でも概念ではわかっても、実践するというのはなかなか難しいですね

でも少しずつ少しずつ・・・







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